Top > 本書の特色

推薦文

――生命科学と数学をむすびつける最良の書――
本書は,生態学,感染症動態,生理学,形態形成など生物学の幅広い現象の理解に,数学がどのように役立つかを示している。 数学や工学の研究者にも生命科学の研究者にも見逃せない1冊である。

巌佐庸(九州大学高等研究院長,同大学大学院理学研究院教授)

本著は複雑で絶妙な生命現象を幅広く取り挙げ,その本質に迫る数理モデルの古典から最新のトピックスまでを分かり易く丁寧に紹介した大著である。如何に本質を捉えたモデルを立てどのように解くかを学べる希有の教科書と言えよう。

重定南奈子(奈良女子大学名誉教授)

数理生物学は,近年,短期間のうちに大きく進展し,急速に成長している分野である。この分野の先駆者の一人,James D. Murrayは本書で,数理モデルの立て方とその解析手法,そしてきわめて重要なこととして,生物学的な洞察を深めるための応用へと解析結果を関連させる方法に関して,総合的なトレーニングを提供している。本書は生態学,疫学,発生生物学,医学,社会学を含む広範な領域をカバーしており,数理モデリングの強力さを示している。

Philip Maini(オックスフォード大学教授,同大学Wolfson数理生物学センター長)

本書の原著は,数理生物学における卓越した先駆者であるJames D. Murrayによって書かれた,最も成功を収めた本のうちの1つである。幾世代にわたって広く語られてきた本書の魅力は,分子生物学に関する諸問題からパターン形成や個体群動態にいたるまで幅広い分野を網羅しており,かつ,それらを明快に解説している点にある。日本語の訳書も,同様に広く使用されるようになるのは間違いない。

Hans Othmer(ミネソタ大学教授)


本書後書きより

本書は James D. Murray, Mathematical Biology I: An Introduction, 2002 の全訳である。

原著は複雑な生物システムに向けて数学モデルから解明するという数理生物学を多くの例を交えて書かれた書物である。既にポーランドやロシア等で翻訳されていることから,今や世界的に良く知られた数理生物学のバイブルである。著者であるJames D. Murray氏は医学,心理学,生態学,疫学,発生生物学等,数理生物学の様々な分野において,実験家との共同研究を通して,モデルを構築し,その解析から,機構の解明,予測を行ってきた現在の数理生物学の確立に貢献する偉大な研究者の1人である。さらに,彼は一般向けの科学雑誌である Scientific American に掲載された "How the Leopard gets its spot"(その和訳は日経サイエンス1988年5月号において「ヒョウの斑点はどのように決まるか」で紹介されている)や米国数学会月刊誌に掲載された "Why are there no 3-headed monsters? Mathematical modeling in biology" 等に執筆していることからわかるように,数理生物学の世界だけではなく,数学・数理科学がいかに生物学に貢献しているかという学際的な視点から情熱を注いでいる研究者である。現在は,プリンストン大学応用・計算数学教室の上級研究者として活躍している。

原著が誕生した原点は,1977年に出版した Lectures on Nonlinear Differential Equations Model in Biology であろう。この書物はかなり数学に重点をおいて書かれており,それにモデルの重要性を込めて描かれたのが,1989年に出版された Mathematical Biology である。そしてこの書をさらに洗練するとともに,最新の結果を加えて,2002年に Mathematical Biology が2冊に分けて出版されたのである。本書はその第1分冊である。

私とMurray氏の出会いは,彼が1975年国立清華大学(台湾)に客員教授として滞在中,日本に1週間程訪れ,その機会に京都大学理学部生物物理学教室での講演をしたときであった。彼は講演の中で,本書の第8章に解説しているベロウソフ―ジャボチンスキー振動反応を紹介し,化学反応から現れる振動が我々の体内に持っている振動機能といかに関係があるのかをモデルを使って説明したのである。数学の世界にいた私はそのとき初めて数理生物学に触れたのであった。数学への新たな期待,そしてその新鮮さに魅了され,彼のもとでどうしても数理生物学を学びたいと手紙を出し,その翌年,彼のいたオックスフォード大学数学研究所に渡ったのである。当時,彼を中心とする数理生物学グループはそれほど大きくはなかったが,彼の数理生物学への情熱は非常に大きなものであることは充分感じ取ることができた。そして彼の思いは1983年オックスフォード大学において数理生物学センターの設立という形で花開いたのであった。私は彼のおかげで数理生物学のみならず,現象と数学の掛け橋となるモデルは広く数理科学においても重要であり,さらに,数学界へフィードバックすることにより,現代数学の新たな発展と裾野の拡大を促し,数学から社会への架け橋となるものと確信したのであった。そこで,モデリングを主要な道具として解析する数理科学に対して,現象解明をミッションとすることを強調するために「現象数理学」を提唱したのである。このように現在の私の研究そして教育のスタイルはMurray氏との出会いによって確立されたと言ってよいだろう。

我が国においてこの訳書が出版されたことは誠にタイムリーであると言って良い,なぜなら,我が国の数理生物学会の会員数は今や200名を超えた,国際的にも大きな学会になっており,会員には数理生物学を学ぶ若い人たちも多く,この分野に興味をもつ大学院,学部学生たちが着実に増えてきているからである。このことから,本書が我が国における数理生物学のさらなる発展の一助になればと願っている。

三村昌泰(総監修者)